「天使のミロンガ」はスペイン語でMilonga del Angel。
このスペイン語の響きが気に入ってタイトルに使ったのですが、と同時にこのCDも大好きな曲目ばかりを集めたことから、
とても愛着をもっています。それは、私と関わりのあるラテン音楽に、心をこめて演奏したからに他なりません。
プログラムは、いずれも中南米を代表する偉大な作曲家の曲を抜粋して録音しました。
[アルゼンチン]ピアソラ7曲.グァスタビーノ2曲.
ヒナステラ1曲.チェルビート1曲.
[ブラジル]ヴィラ=ロボス2曲.
[ベネズエラ] ラウロ2曲.
[メキシコ]ポンセ2曲.カラスコ1曲.
このアルバムに収めている18曲はどれもが中南米の香り豊かな美しい響きの音楽で、曲の配列も私の理想どうりにいきました。
曲目については最後の解説をごらん下さい。

*CDジャケットに寄せたイラスト
◎ラテン音楽を選んだ理由
私は父の仕事の関係で、幼少の頃4年間をブラジルのサンパウロで過ごしました。子供の頃は誰もがそうであるように、
私もこの国での見るものをはじめ、体験する全てのことが新鮮で、何ごとにも感動したものです。
私は幼い頃からピアノを始め、ブラジル時代もずっと熱心にこの楽器と取り組んでいましたが、知らず知らずのうちに、
自然にラテン音楽が私の心の中で育まれていったような気がします。生きることはすべてが音楽とつながっていると
私は思っていますし、その生活の場で聴かれる音楽と一体になるのは自然の成り行きです。したがってブラジルから日本
へ戻って、その後何年かぶりに南米のブエノス・アイレスでコンサートを行ったときは、アルゼンチンで耳にする音楽には
何の違和感も持たなかったばかりか、たちまちのうちにそこのタンゴ音楽にも魅せられてしまったのです。
こうしてラテンの香りは中南米のどの国とも充満していますから、私のブラジル生活は、私の成長ばかりか、ラテン音楽まで
身につけるというメリットがあったのかも知れません。
この時から、いつかラテン・アメリカの大地に広がる、魅力的な音楽をまとめての1枚のソロアルバムをつくることを願っていたのです。
◎スペインでのレコーディング
スペイン・アンダルシアの灼熱のような暑さの2004年の7月。
夏のコンサート・ツアーの間に組んだレコーディングは、リナレスのアンドレス・セゴビア博物館のホールです。
この数ヶ月前に行った私のピアノリサイタルを聴いてくださった、館長のポベダさんのご好意により、特別にここでの録音
を許可されたのでした。


*セゴビア博物館でのピアノ・リサイタルのプログラム
ここは言うまでもなく、リナレスが生んだギター史上最も偉大な人物であるアンドレス・セゴビアを讃える博物館です。
ホールの前には、オレンジの木が生い茂るパティオ(中庭)があり、その向こうの屋外ステージからは小鳥たちのさえずりが
聞こえてきます。こうした環境の中、18曲を集中して演奏し、わずか3時間ばかりで録音を終えました。この時程音楽に没頭して
演奏できたのは初めてのことかもしれません。

*パティオ
その後、マドリッドのスタジオで編集と原盤の作成。帰りの飛行機の中では録音の成果を確かめるべく、何度繰り返してこのCDを
聴いたかわかりません。それほど充実した録音による「天使のミロンガ」、私が気に入っている理由がわかって頂けたと思います。
◎曲目について
☆ピアソラ作品(A.ピアソラ)
南米の中でもヨーロッパ的な雰囲気を持つ、モダンな都市ブエノス・アイレスに生れたバンドネオン奏者兼作曲家のアストル・ピアソラは、
パリ、ニューヨーク、イタリアへと広くヨーロッパを放浪しながら、既存の‘タンゴ’の枠を超えた作品群を生みだしました。
独自のスタイルにより数々の名曲を残し、その作品の持つパワーと味わいが現在も人々の心を惹き付けてやみません。
実はピアソラが書いた純粋なピアノ曲はあまり多くはありません。このCDでとりあげた「サニーの戯れ」以外は、どれもピアノソロ用に
編曲されたものですが、ピアソラの音楽の根底にある“哀しみと情熱”が私を虜にします。
☆ ハカランダの樹/バイレシート (C.グァスタビーノ)
カルロス・グァスタビーノはサンタ・フェに生まれで、ヒナステラと共にアルゼンチンの国民音楽楽派を代表する作曲家。アルゼンチンの
民衆の心の中に広がるフォルクローレの、メロディとリズムに基づく精神による作曲スタイルを生涯貫いたことで知られます。
初期の作品《バイレシート》はフォルクローレ的な歌にのせて、2拍子と3拍子を交互に組み合わせたリズミカルな動きが印象的な曲です。
《ハカランダの樹》は全12曲からなる組曲『カンティレーナ』の第3曲目におかれ、その中でも大変叙情的で美しい作品です。ハカランダの
樹(南米ではジャカランダと発音)は薄紫色の花を咲かせると、とても華やかな雰囲気を醸しだします。
私は、グァスタビーノの優しく流れるような作風が大好きです。
次回のCDにも、美しい2曲を収録する予定です。
☆ミロンガ(ヒナステラ)
アルゼンチンの作曲家アルベルト・ヒナステラの<ミロンガ>はフォルクローレの魅力に溢れるかわいい歌で、作曲家自身がピアノ用に
編曲しました。曲が進むごとに少しづつ表情を変えていくこのヒナステラのミロンガも、私のお気に入りです。
☆『〜君を待ちつつ〜 ミロンガ』(M.A.チェルビート)
ブエノスアイレス生まれの名ギタリスト兼作曲家、ミゲル・アンヘル・チェルビート氏が私のために2002年に書いてくれた3部作の
中からの最終曲『Te estoy esperando 〜君を待ちつつ〜』。CDに収め、何度か演奏会で取り上げて以来、この作品を弾く機会もなく
過ぎています。しかし、今後も弾いていきたいといつも気にかけています。なぜなら、タイトルどうり、この曲に再び私が弾くのを、
待たれてるのかもしれず、まだ楽譜も出版されてなく、私以外に弾いてくれる方はまだみあたらないのですから。
☆カボクロの伝説/満潮 (H.ヴィラ=ロボス)
中南米の中でも日本の約23倍の面積といった広大な土地を持つブラジルは、その多様性と混沌とした中に文化を育む、おおらかさがあります。
ボサ・ノヴァやサンバによって知られることの多いブラジル音楽ですが、クラシック音楽のフィールドにおいても必ずブラジルらしさを感じさせる魅力的な作品が多く生れているのです。ブラジル人で、ラテン・アメリカを代表する作曲家といっても過言ではない、H.ヴィラ=ロボスは、
魅力ある作品を数多く残していますが、その中より2曲。初めに《カボクロの伝説》、カボクロとはポルトガル語で原住民、奥地の人という意味で、いかにも神秘的な唄とリズムが魅力的です。続いては、わらべ歌を主題にした作品集より、《A mare encheu(ア・マレー・エンシュウ/
満ち潮)》をお聴き頂けます。
☆『ナタリア』『カローラ』〜ベネズエラ・ワルツ集より (A.ラウロ)
ベネズエラ最大の作曲家兼ギタリストのアントニオ・ラウロはウィンナー・ワルツとベネズエラの舞曲を融合させて、独特なベネズエラ舞曲を創りあげたことで知られています。
彼は数多くのベネズエラ舞曲を書きましたが、中でも最も知られているのが、愛する一人娘ナタリアの誕生を祝して捧げられた『ナタリア』です。同郷の名ギタリスト、アリリオ・ディアスにより味わいのある名演奏で知られる作品ですが、ピアノ版は音域を拡げて、又オリジナルとは別の趣きが味わえます。続く、『カローラ』(ベネズエラの北の町)も、リズミカルな美しい小品。ギターだけで弾かれるだけでは余りにも惜しい曲なので、私がピアノ用に編曲しました。
ギターとピアノのデュオを長年していることもあり、美しいギターの曲の中からピアノ用に編曲しても弾いてみたい曲にたくさん出逢います。
このラウロの曲も普通のピアノ・レパートリーからは、なかなか見つからない宝もののように思えます。
☆間奏曲第1番/メキシコ風スケルツォ (M.ポンセ)
マヌエル・ポンセはメキシコ国民音楽派を確立したこの国を代表する作曲家。ピアニストでもあった彼は100曲以上に渡るピアノ作品を書きましたが、その中から、ここでは大変魅力的な2曲の小品を取り上げました。はじめの「メキシコ風スケルツォ」は1909年、ポンセ27才の時の作品。つづく「間奏曲」、このタイトルでの作品は生涯に2曲書かれていますが、これはその第1曲目。ポンセの中でもよく知られる作品で、
柔らかな重音の動きの中で印象的なメロディーが歌われます。
この2曲もギターでよく弾かれる作品ですが、オリジナルはピアノ曲です。ポンセの作品のどれもがメロディーが親しみやすく、その作風には清々しさも兼ね備えています。
☆アディオス(カラスコ)
スペイン語で「さよなら」の意味のアディオス。
このアルバムの最後にふさわしいタイトルのこの曲は、「さよなら、また会いましょう!」と言ってるかのように、名残惜しく別れの挨拶をしてるように思えます。しみじみとした別れの中でまた会いたいとささやいているかのよう. . .
私の想いをこめたこのアルバム『天使のミロンガ』を、末永く聴いて頂けますことを願っております。